イザナギが黄泉の国の御殿の中で見たものは、蛆虫がたかってうごめいている、イザナミの変わり果てた姿でした。

それを見て恐れをなしたイザナギは、すぐさま逃げ帰ろうとします。その姿を見られて恥をかかされたイザナミは、ヨモツシコメ(黄泉醜女)や八雷神、ヨモツイクサたちにイザナギを追わせます。

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イザナミの追手から逃げるイザナギの段・本文

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見畏而

見畏而は、見かしこみて、と訓読します。「見て恐れをなす」という意味です。垂仁記、景行記にも同じ用例があります。

令見辱吾

令見辱吾は、直訳すると「私に恥を見せた」ですが、「私に恥をかかせた」という意味です。「耻(はぢ)を與(あたふ)るを耻見すと云は古語なり」(記伝)。見るなと言ったのに見たことに対しての、怒りが込められた表現です。

予母都志許売

予母都志許売は、よもつしこめ、と読みます。「黄泉つ醜女」です。紀一書の該当する伝承に「泉津醜女」が出てきて、訓注に「醜女、此ば志許賣(しこめ)と云ふ」とあります。倭名抄の鬼人部鬼魅類に「醜女 和名志古女 或説云黄泉之鬼也」とあります。「女」とありますから、「鬼女」という言葉が当てはまりそうです。「しこ」は「形のおそろしく、見惡(みにく)きを云」(記伝)。すぐ後に、黄泉の国から逃げ帰ったイザナギが、「伊那志許米 志許米岐穢國云々」と言うくだりが出てきますが、この「志許」(しこ)も同じ意味です。

黒御鬘

黒御鬘は、くろみかづら、と訓みます。「鬘」とは、つる草や花などを髪の飾りとしたものを言います。「かづら」には、つる草の類・髪を飾るもの・かつら、の三通りの意味がありますが、「本は一つより轉(うつ)れる名にて、草の葛(かづら)より出たり」(記伝)。もともとつる草は「つら」と呼ばれていたが、髪飾りに使われたものが「髪づら」(かづら)と呼ばれ、それが逆に元のつる草の呼び名になった、と宣長は説明しています。

蒲子

蒲子は、えびかづらのみ、と訓みます。「えびかづら」とは山ぶどうのことです。紀一書の該当する伝承には「蒲陶」(えびかづら)とあります。本草和名に「紫葛 和名衣比加都良(えびかつら)」、倭名抄に「本草云 紫葛 和名衣比加豆良(えびかづら) 蒲萄 衣比加豆良之莢(えびかづらのみ)」とあります。

山ぶどうはつる性の植物で、黒に近い暗紫色の実をたくさんつけます。上述の黒御鬘の色について、宣長は「此の鬘のさま、蒲萄鬘(えびかづら)に似て、玉を垂れたるが、彼の実のなれる形にや似たりけむ、色の黒かりけむも、彼の実によしあるにや」(この鬘の姿が、山ぶどうに似て、飾りの玉の垂れているのが、その実のなっている姿に似ているのだろう、色が黒いことも、その実の色に由来するのではないか)と述べています。

は、たかむな、と訓みます。タケノコのことです。倭名抄に「笋 爾雅注云 筍亦作笋 和名太加無奈(たかむな)」とあります。竹芽菜(たかめな)、竹身菜(たかむな)、竹蜷(たかみな、蜷は巻貝の一種)などを語源とする説があります。上の蒲子と合わせると、ここでは山ぶどうのつるから作られた黒御鬘がふたたび山ぶどうに戻り、竹で作られた爪櫛がふたたびタケノコに戻ったということになります。

千五百

千五百は、ちいほ、と訓みます。具体的な「千五百という数」と取ることもできますが、ここでは「多数の、大勢の」という意味に取ります。このような例は他にもたくさんあり、八、五十、八十、百八十、五百、八百、千、千五百、八千、万、八百万などが挙げられます。

黄泉軍

黄泉軍は、よもついくさ、と訓みます。黄泉の国の軍勢のことです。古くは「いくさ」とは兵士や軍隊のことを言い、「凡(すべ)て、戦ひをイクサと云ることは、古(いにしへ)の書には見えず、いと後のことなり」(記伝)。

十拳剣

十拳剣は、とつかつるぎ、と訓みます。イザナギの佩いている剣です。この剣でカグツチの首を斬りました。既出です。

後手布伎都都

後手布伎都都は、しりへでにふきつつ、と訓読します。「ふき」は「振り」の古語です。剣を後ろ手に振りつつ、という意味です。通常、剣は身体の前で振るものですが、ここでは逃げながらなので、やむを得ず後ろ手に振るという動作になっていると解するのが自然ですが、一方で、このように後ろ手に行われる動作には呪術的な意味があるとされることから、その文脈でとらえることもできます。

例えば、海幸山幸の段で、海神ワタツミが、山幸彦に、

この鉤(つりばり)を、其の兄に給はむ時に、言りたまはむ状は、「此の鉤は、於煩鉤、須須鉤、貧鉤、宇流鉤(おぼち、すすぢ、まぢち、うるぢ)」と云ひて、後手(うしろで)に賜へ、云々

と忠告し、実際そうやって釣り針を返すと、兄の海幸彦は魚が捕れずに次第に貧しくなっていった、というくだりがあります。

1.4.2 逃走(2)に続きます。)

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