イザナギが黄泉の国を訪れた時、すでにイザナミはヨモツヘグイをして黄泉の国の住人となっていました。しかしイザナミは、元の世界に戻るために黄泉神と相談してくるとイザナギに伝え、そのときに「私を見ないでください」と言い残して去って行きました。

ところがなかなか戻ってこないので、待ちきれなくなったイザナギは、自分の髪に挿した櫛の歯を一本折り取って、それに火をともして御殿の中へ入っていきました。そこでイザナギが見たものは、蛆虫がわいてごろごろうごめいているイザナミの変わり果てた姿でした。そのイザナミの身体の各部位には、さまざまな種類の雷神が成っていました。

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イザナミの変わり果てた姿の段・本文

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(前の記事の続きです。前記事は1.4.1 黄泉の国/イザナミのもとへ(1)です。)

美豆良

美豆良は、みづら、と読みます。「上つ代に男の御装にて、髪を左右に分て、結綰(ゆひわがね)たるものなり」(記伝)。埴輪などでおなじみの、古代日本の成人男子の髪型です。のちにスサノオがやってきたときに、アマテラスが警戒して、「御髪を解き、御美豆羅に纏(ま)かして」男装をし、さらに武装をして出迎えるくだりがあります。

湯津津間櫛之男柱一箇取闕而

湯津津間櫛之男柱一箇取闕而は、「ゆつつま櫛の男柱一箇(をばしらひとつ)取り闕(か)きて」と訓読します。「ゆつ」は「湯津石村」の項でも述べたように、「斎つ」(神聖な)という意味です。男柱は櫛の両端の太い歯のことです。紀一書には「雄柱」(ほとりは)とあります。のちのヤマタノオロチ退治の段にも、「湯津爪櫛」が出てきます。

本居宣長は「櫛は、もと串と同じ名なり、黄泉の段に火を燭し賜ふを思へば、上代の櫛の歯は、やや長かりしかば、串と同じ類ぞかし」と述べています。「古代の櫛はカンザシのように長かったので、その先に火をつけて物を見るに適した」(大系紀)ようです。

日本書紀一書の、豊玉姫がホホデミノ尊(山幸彦)との間の御子であるウガヤフキアエズノ尊を出産するときのくだりで、姫がホホデミノ尊に向かって、

「妾、今夜産まむとす。請ふ、な臨(み)ましそ」とまうす。火火出見尊、聴しめさずして、猶櫛を以て火を燃(とも)して視す。時に豊玉姫、八尋の大熊鰐(わに、サメのこと)に化爲(な)りて、匍匐(は)ひ逶(もごよ)ふ。遂に辱められたるを以て恨(うらめ)しとして、則ちただに海郷に帰る。(神代紀・第十段・一書第一)

(「私は今夜産みます。お願いですから、見ないでください」と言った。ホホデミノ尊は、それを聞かず、櫛に火をともして見た。そのとき豊玉姫は、大きなサメになって、腹這いになり、くねくねとうごめいていた。豊玉姫は辱められたことを恨み、すぐに海に帰った。)

とあるのは、(見るなの禁忌、櫛に火をともす、恐ろしい姿を見てしまう、など細部にいたるまで)この黄泉の段と同じ話型になっています。

ただし、実際にはにおいては死者の腐乱してゆく姿を見ることは禁忌ではなく、通常のことでした。したがって、「見るな」の禁忌は、ここでは実際の習慣が反映されたというよりは、物語の展開の装置の典型としてとらえた方がよさそうです。その禁忌を破ってしまうことで、物語が動くというのは、「鶴の恩返し」や「黒塚の鬼婆」などでもおなじみの展開です。

燭一火

燭一火は、「一つ火を燭(とも)して」と訓読します。紀一書の同じ伝承のくだりに「今、世人、夜一片之火忌む、此れ其の縁(ことのもと)なり」(それで、今の世の人は、夜に一つ火をともすことを忌むのである)とあります。

宇士多加禮許呂呂岐弖

宇士多加禮許呂呂岐弖は、うじたかれころろぎて、と音読します。「うじ」は蛆虫、「たかれ」は「ハエがたかる」などに使われ、鳥や虫などが物に多く集まるという意味です。「ころろぎて」は倭名抄に「嘶咽」を「ころろく」と訓む、とあります。ごろごろと音を出している、とも、ごろごろとうごめいている、とも解されます。

なお、底本では「許」が「斗」になっており、その場合は「とろろぎて」となります。この写本に従うと、とろろのように、腐乱してとろけている様子を表すことになります(記伝)。

イザナミのような高貴な存在も、黄泉の国の住人となってしまえば、このように身も蓋もない描かれ方をします。これは「よもつへぐひ」の項で述べた「殯」(もがり)の体験が反映しているものと考えられます。

於頭者大雷居、云々

於頭者大雷居、云々は、大雷以下八柱の雷神がイザナミの亡骸の各部位に成ります。紀一書に「八色雷公」(やくさのいかづち)とあります。ただ、古事記のこの段のものとは、身体の部位や雷神の名前に異同があります。宣長は、「此の八種の雷神の、各成れる處と名の義とを當て、其の由を考るに・・・何れも思ひ得がたし」と述べています。

「いかづち」の元の意味は「厳」(いか、勢いの盛んなさま)+「つ」(の)+「ち」(神霊)であることから、ここではカミナリの意味ではなく、文字通りに解釈して、威力ある恐ろしい魔物、鬼形のものを指すと見ることもできます(記注釈)。

八雷神

八雷神は、やくさのいかづちがみ、と訓みます。紀一書の同様の伝承に「八色雷公」(やくさのいかづち)とあります。「やはしらの雷神」とも訓みます。

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