イザナギは、神避ってしまったイザナミにどうしても会いたくて、黄泉の国へ追いかけて行きました。イザナミは黄泉の国の御殿にいました。二神はその御殿の閉ざされた戸を挟んで向かい合います。イザナギはイザナミに声をかけ、呼び戻そうとしましたが、イザナミはすでに黄泉の国の食べ物を食べてしまった(ヨモツヘグイ)後でした。

しかしイザナミは、元の世界に戻るために黄泉神と相談してくるとイザナギに伝え、そのときに「私を見ないでください」と言い残して去って行きました。

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イザナギが黄泉の国でイザナギに会う段・本文

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黄泉国

黄泉国は、よもつくに、と訓みます。よみのくに、よみつくに、とも訓みます。黄泉(よみ)は死者が赴いて住む国とされています。生き返ることを「よみがえる」と言いますが、これは「黄泉」から「還る」という意味です。イザナギが櫛の歯に火をともしたり、イザナミの亡骸に蛆虫のわいた姿が描写されているところから、暗い墓の石室のようなところ、暗黒の地下の世界がイメージされます。「よみ」は「やみ」(闇)から来ているとする説(記注釈)も、そのイメージに由来するものです。

一方で、黄泉の国は暗黒の地下世界といったものではなく、地上世界であって、櫛の歯に火をともしたのは、あくまで御殿の中が暗かったからに過ぎない、とする説もあります(全集記)。

さて、さきに「神避ったイザナミを出雲と伯伎の間の比婆の山に葬った」とありましたが、ここではイザナミは黄泉の国にいます。黄泉の国はどこにあるのでしょうか。

そのことについては記中にはどこにも触れられていません。ただし、葦原中国(生者の地上世界、後述)との関係については述べられています。それはすぐ後に出てくる「黄泉比良坂」です。この「坂」を通じて葦原中国と黄泉の国がつながっていることが分かります。したがって、この「坂」をどのようなものととらえるかによって、黄泉の国のイメージも決まってきます。このことについては、「黄泉比良坂」「坂本」の項で述べます。

殿縢戸

殿縢戸は、とのど、と訓みます。「縢」の字には、「閉ざす・閉じる」という意味があります。「騰」となっている写本もあり、この場合は「上げる・上がる」という意味になります。原文のみならず、訓も解釈も定まらないところのようです。

吾與汝所作之國

吾與汝所作之國は、私とあなたが作った国、という意味です。国(島)を「生んで」きたのに、ここで「作る」と言うのは矛盾だと見る向きもあります(大系記)が、国生みの後にさらに河海や山野や自然現象の神々を生んできたことから、それらすべての事績をひっくるめて「国を作る」と言ったものと考えることができると思います。

未作竟故可還

未作竟故可還は、「未だ作り竟へずあれば、還りまさね」ですが、二文に切って、「未だ作り竟へず。故(かれ)、還るべし」とも訓読します。

黄泉戸喫

黄泉戸喫は、よもつへぐひ、と訓みます。黄泉の国のかまどで煮炊きしたものを食べることです。日本書紀一書に「泉之竈」、その訓注に「よもつへぐひ」とあります。「へ」とはかまどのことです。かまどのことを「へっつい」とも言いますが、これは「へつひ」=「へ」(かまど)+「つ」(の)+「ひ」(神霊)の意味です。「ぐひ」は「食ひ」です。

黄泉の国の食べ物を口にしたということは、その世界の住人になったということで、現世に還れないことを意味します。同じ釜の飯を食うというのは、同じ世界の仲間になったということで、共食信仰と呼ばれますが、それがここにも反映されています。ギリシャ神話にも、ハデスによって冥界に連れ去られたペルセポネが、冥界の柘榴の実を食べてしまったために現世に復帰できなくなってしまうという話があります。

ところで、それでは「よもつへぐひ」するまでは、イザナミは黄泉の国の住人ではなかったということでしょうか。そうすると、比婆の山に埋葬されてから、「よもつへぐひ」をするまでの間は、現世にも黄泉の国にも属さないことになってしまいます。

実は、この段の説話は、殯(もがり)という古代日本の風習に関わるものと考えられています。実際、ここの場面は日本書紀の一書では、

伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、其の妹を見まさむと欲(おもほ)して、乃ち殯斂(もがり)の處に到す。云々(神代紀・第五段・一書第九)

とはっきりとモガリのこととして記述されています。殯というのは、人が死んだ後、埋葬する前に遺体を棺に納めて喪屋に仮に安置し、ある程度の期間にわたって、近親者が死者の霊魂を慰めるための諸儀礼を執り行いつつ、その遺体の朽ちていくさまを目の当たりにしながら死者を見送っていくというものです。

殯の期間における死者は、現世にも黄泉の国にも所属しない、いわばその境をさまよっている存在ととらえられており、この期間においては、死者を黄泉の国へ送るため、もしくは死者が現世によみがえることを期待し、そのための歌舞が行われたことが、魏志倭人伝や隋書倭国伝や記紀の記事などに広く見えます。

そのことをふまえると、「よもつへぐひ」というのは、本当に何かを食べたというよりは、殯の期間を過ぎて、死者がはっきりと黄泉の国に所属するようになったことの説話的表現とみなすことができます。

我那勢命

我那勢命は、あがなせのみこと、と読みます。「那勢」(なせ)は「那邇妹」(なにも)と対になり、女性が相手の男性を親しみと敬意を込めて呼ぶ表現です。夫婦とは限らず、親しい間柄で使われ、のちに姉のアマテラスが弟のスサノオに対して「我那勢命」と呼びかけています。「勢」は「背」「兄」「」とも書かれます。

入來坐之事恐故欲還

入來坐之事恐故欲還は、「入り来ませる事恐(かしこ)ければ、還りなむを、」ですが、二文に切って、「入り来ませること恐し。故(かれ)、還らむと欲(おも)ふを、」とも訓読します。

は、しばらく、と訓みます。底本には「且具」とあり、「且(ま)づ具(つばら)に」(まず詳しく)と訓読しています。

黄泉神

黄泉神は、よもつかみ、と訓みます。イザナミは「よもつへぐひ」をしてしまったために、黄泉の国の住人となってしまいましたが、イザナギに請われて現世に帰りたいと思いました。そこでそのための相談を黄泉神に持ちかけようとしたわけです。どのような神なのかは不明です。本居宣長は「如何なる神にか、伝へなければ知るべきにあらず、ただ黄泉に坐す神等なり」と述べています。のちにイザナミ自身が「黄泉津大神」と呼ばれるようになります。

莫視我

莫視我は、「我(あ)をな視たまひそ」と訓読します。イザナミが「黄泉神に相談している間、私の姿を見ないでください」とイザナギにお願いをしているところです。

1.4.1 黄泉の国/イザナミのもとへ(2)に続きます。)