次に風の神、名は志那都比古しなつひこの神を生んだ。次に木の神、名は久久能智くくのちのを生んだ。次に山の神、名は大山津見おほやまつみのを生んだ。次の野の神、名は鹿屋野比売かやのひめの神を生んだ。またの名は野椎のづちの神という。志那都比古神から野椎神まで合わせて四はしらの神である。

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ここに現れる四柱の神は、イザナギ・イザナミの生んだ神々になります。「海・水戸」に引き続き「風・木・山・野」といった、国土の自然をつかさどる神々です。この段の冒頭の「次に」は、前々段の水戸神(速秋津比子・比売)の次に、という意味です。前段の国之久比奢母智神(速秋津比子・比売が生んだ)の次に、という意味には取りません(前段参照)。

志那都比古神

志那都比古神は、しなつひこの神、と読みます。「しな」は「息長」(しなが)であるとする説もありますが、「しなつ」が「し」(風)+「な」(の)+「つ」(処、「と」と同じ)で、「風の吹き起こる処」という意味に取ります。大祓祝詞に、

科戸(しなど)の風の天の八重雲を吹き放つ事の如く、朝(あした)の御霧・夕べの御霧を朝風・夕風の吹き掃ふ事の如く、云々

とあるシナドと同じです(「志那都」も「科戸」も借り字で漢字自体に意味はなく、音を表す)。「あらし」(嵐風)「にし」(西風)「ひむがし」(東風)の「し」、「つむじ」の「じ」、「かぜ」の「ぜ」などはすべて「風」という意味です。仁徳記の御歌に、

大和へに 西風(にし)吹き上げて 雲離(ばな)れ 退(そ)き居りとも 我忘れめや

があります。

久久能智神

久久能智神は、くくのちの神、と読みます。「くく」は「茎」(くき)であるという説と、「木木」(くく)つまり木々の意味だとする説があります。

「くく」は、万葉集の「九久多知(くくたち、茎立)」(十四・三四〇六)、「久君美良(くくみら、茎韮)」(十四・三四四四)、神代記の「久久年(くくとし、茎稲)の神」「久久紀(くくき、茎木)若室葛根の神」など、広く茎の立っている植物を指す言葉です。

また、「木」は古くは「く」と発音され、それが転じて「き」になったようです。たとえば、「くだもの」は「木のもの」という意味で、この「く」は「木」のことになります(大系紀)。「ち」というのは、「いかづち」「をろち」の「ち」と同じで、神霊を表します。いずれにせよ、「くくのち」はそのまま「木の神」「木々の神」という意味になります。大殿祭祝詞にも、「屋船久久遅命、(是木霊也)」と説明されています。

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大山津見神

大山津見神は、おほやまつみの神と読みます。語の構成は大綿津見神と同じで、山+つ(の)+み(神霊)すなわちそのまま「偉大なる山の神」を表します。スサノオの妻となるクシナダヒメの両親であるアシナヅチ・テナヅチや、ニニギの妻となるコノハナノサクヤビメなどが大山津見神の子とされています(後述)。

鹿屋野比売神、野椎神

鹿屋野比売神、野椎神は、それぞれ、かやのひめの神、のづちの神と読みます。「かや」とは、ススキ・オギ・チガヤ・スゲといった、屋根材・飼料・肥料・燃料として古来より人間の生活に利用されてきた、イネ科やカヤツリグサ科の草本植物の総称です。とりわけ屋根材としての利用が重要で、「かや」の語源は「刈屋」(かや、刈った草の屋)、「上屋」(かや、屋根)であるという説があります。万葉集に、

秋の野の み草刈り葺き 宿れりし 宇治の京の 假廬(かりいほ)し思ほゆ(一・七)

わが背子は 假廬作らす 草(かや)無くは 小松が下の 草(かや)を刈らさね(一・十一)

などと歌われており、ここに出てくる「草」は屋根を葺くための「かや」であると考えられます。日本書紀に「草(かや)の祖・草野姫(かやのひめ)」が出てきますが、この「草」もやはり屋根材などに利用される「かや」であると考えられます。

この神名に冠されている「かや」が、草一般のことではなく、そのようなものに限定されているのは、これらの草本が人間の生活にとりわけ重要な役割を果たしてきたからに他なりません。記紀神話において、自然のさまざまな要素が神とされているのは確かですが、自然界のものだったら何でも神になるのではなく、あくまで人間生活とのかかわりの中で神となる対象が選別されていることが分かります。

野椎神は、野+つ(の)+ち(神霊)で、「野の神」という意味になります。久久能智神のところで触れたとおりです。