イザナミはイザナギの「妹」とありますが、この「妹」という言葉の意味が問題で、様々に解釈されてきました。現代で言う「妹」の意味とも、「妻」の意味とも言われます。

古代日本ではきょうだい婚は許容される場合とタブー視される場合がありました。外国の神話では世界の始祖が兄妹かつ夫婦である例が少なからず見受けられます。

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神世七代の段・本文

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(前の記事の続きです。前記事は1.1.4 対偶神(1)です。)

古代における「妹」の意味

ここでは、対偶神のうち女神の方に付けられる「妹」について触れてみようと思います。妹は、いも、と訓みます。男女が並記されるときに、女性の方を指します。妹という言葉には、「男から見た女のきょうだい(年齢に関係なく)」、または「妻」という意味がありますが、特に兄妹や夫婦の関係に限定せず、一般的に男女の組のうちの女性、という意味に取るのが通説のようです(記伝、大系記、全集記、集成記など)。

一方で、この妹を「女きょうだい」と取り、兄妹婚とする説もあります(口語訳、記注釈など)。

ちなみに日本書紀本文・一書の同じくだりでは、女神の名前の頭に「妹」の字を付けず、そのまま面足尊・惶根尊(オモダルノミコト・カシコネノミコト)、伊弉諾尊・伊弉冉尊(イザナギノミコト・イザナミノミコト)という風に並記しています。こちらは兄妹なのかそうでないのか、については触れず、単に男女の組であることしか示されていません

イザナギとイザナミの関係は?

では、イザナギ・イザナミは、兄妹だったのでしょうか?

本文中に「兄妹である」と明記されていない以上、イザナギ・イザナミが兄妹婚だったのか否かは、記述からはにわかには決定しがたいようです。

では観点を変えてみましょう。そもそも、これら対偶神たちの親は誰でしょうか。それをたどれば、彼らが兄妹かどうかはすぐに分かるはずです。

まず、本文をたどっていくと、ウマシアシカビヒコヂは「葦牙のごとく萌え騰がる物によって」成ったことが分かります。そして、「次に」アメノトコタチが、「次に」クニノトコタチが、「次に」トヨクモノが、「次に」五組の対偶神たちが成る、とだけ書かれてあって、アメノトコタチ以下が「葦牙のごとく萌え騰がる物によって」成ったとも、そうでないとも取れる書き方になっています。つまり、本文の記述からは

  • 「葦牙のごとく萌え騰がる物」からは、ウマシアシカビヒコヂだけが成った
  • 「葦牙のごとく萌え騰がる物」は一つだけで、そこからウマシアシカビヒコヂ以下の複数の神々が成った
  • 「葦牙のごとく萌え騰がる物」は複数あって、それぞれからウマシアシカビヒコヂ以下の複数の神々が成った

などの可能性が考えられます。2番目の場合にはこれらの神々を自然にきょうだいとみなすこともできそうですが、他の場合だとはっきりしません。いずれにしても、本文の記述からだけでは、血縁関係を導き出すことはできないようです。

どうやら本文を見るだけでは、直接これら対偶神たちが兄妹かどうかは判断できないようです。それでは間接的に確かめる術はないでしょうか。

たとえば西郷信綱「古事記注釈」では、古事記の他の部分や、古事記以外の他の文献において、兄妹が「イザナギ・妹イザナミ」「ウヒヂニ・妹スヒヂニ」などと似たようなパターン(「アヂスキタカヒコネの神、次に妹タカヒメの命」「大神部広国、大神部広国売(め)」など)で並記されていることや、他に「妹」を妻や恋人の意味に用いた例は歌などに限られることなどから、彼らもやはり兄妹なのではないかと推測しています。

また、三浦佑之「口語訳古事記」では、最初の兄妹の結婚によって世界や人間が生み出される「兄妹始祖神話」が世界中で普遍的に行われていることを挙げ、イザナギ・イザナミはその一類型であるとしています。

確かに、世界中の神話を見てみると、有名なものだけでも、「兄妹を始祖とする」パターンを語っているものがかなり多く目につきます。例えば、中国神話の「伏羲(ふっき)と女(じょか)」、旧約聖書創世記の「アダムとイブ」、ギリシャ神話の「クロノスとレア、ゼウスとヘラ」などです。

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比較神話学

このように、世界中の様々な国や地域の神話を比較することで、それら神話の要素に何らかの普遍的なパターンを見出し、そこから各国地域の神話に通底する基本的な要素を導き出そうと試みる学問分野を比較神話学と言います。

簡単に言うと、「本文中に明確に『イザナギ・イザナミは兄妹である』とは書かれていないが、世界中の多くの似たパターンの世界創生神話では、世界や国土や人間を生み出すのは兄妹でもあり夫婦でもある対偶神であるのが通例なので、イザナギ・イザナミもそう解すべきであろう」ということです。

確かに、世界中の国々や地域で、古くから人々や文化の往来があったことでしょうから、互いに影響を及ぼし合った結果、似たパターンの伝承が形作られていく、と考えるのは自然かもしれません。また、相互の影響以前に、神話的発想というものは、古今東西を問わず似通うものである、つまり「結局人間の考えることは似たり寄ったり」ということもあるかもしれません。

いずれにせよ、この比較神話学の成果に基づくと、これら対偶神たちはそれぞれ兄妹であろう、ということになるようです。

古代日本のきょうだい婚の実例

ちなみに、古代の日本では、皇族の間でも異母きょうだい間の結婚は普通に行われていました。例えば、有名な聖徳太子の両親は用明天皇と穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)ですが、二人とも欽明天皇を父親に持ちます(母親は違います)。

ただし、同父母きょうだい間の結婚はタブーとされていたらしく、古事記・日本書紀のいずれにも伝わる伝承として(衣通姫伝説)、允恭天皇・皇后の間に生まれた皇太子木梨軽皇子(きなしのかるのみこ)が、同父母妹の軽大娘皇女(かるのおおいらつめのひめみこ)との姦通のとががもとで流刑になったというものがあります。

ただし、もとの伝承が兄妹婚であったかどうかということと、記紀(古事記と日本書紀をまとめてこう呼びます)の筆録者が、この伝承をどう認識し、どのような方針で記述しようとしたのかということは、また別の問題です。

古事記ではどうとでも取れるような曖昧な書き方をし、日本書紀では省略していますが、兄妹婚であることが常識だったからわざわざ書くまでもなかったのか、常識であるがゆえに憚って曖昧さを残す書き方にしたのか、人間社会でのタブーを神の世界にも当てはめて考えていたのか、それとも人間に許されないことでも神には許されていると考えていたのか、そういったことまでもが明らかにならない限り、この辺りの記述の秘密は解けないのかもしれません。